ルー・ゲーリッグ Lou Gehrig

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 「今日の私は地球上でもっとも幸せな男です」1939年7月4日、独立記念日に行われた引退式で、こう言い残し「アイアン・ホース(鉄の馬)」は現役生活にピリオドを打ちました。

 その記録は1925年6月1日から始まりました。この日代打で出場すると、翌6月2日にはレギュラーのウォーリー・ピップが体調不良のため、初の先発出場を果たしました。ピップは1日だけスタメンを外れるはずでしたが、走攻守に大活躍したゲーリッグは少ないチャンスをものにし、レギュラーの座を奪い取りました。

 レギュラー1年目に打率.295厘、20本塁打、68打点と上々の成績を残すと、翌1926年に打率.313厘、16本塁打、112打点をマークし、以後打率は1937年まで12年連続3割以上、打点は1938年まで13年連続100打点以上とヤンキースの黄金時代の中心的な存在になりました。

 特に3番ルース、4番ゲーリッグを中心に殺人打線と呼ばれた1927年は、2位に19ゲーム差を付け、ワールドシリーズでも圧倒的な攻撃力でパイレーツに4連勝しワールドチャンピオンに輝き、今なお史上最強チームとの呼び声が高いです。

 獲得したタイトルも数知れず、首位打者1回(1934)、本塁打王3回(1931,34,36)、打点王5回(1927,28,30,31,34)、MVP2回(1927,36)また、1934年には三冠王にも輝きました。

 キャリアの前半はベーブ・ルースと、後半はジョー・ディマジオとプレイし、派手な2人とは対照的に地味なイメージがありましたが、2人にも勝るとも劣らない成績を残しました。

 始まりがあれば終わりがあります。1925年6月1日から始まった不滅の大記録、連続試合出場もその時を向かえます。1939年5月2日「2130試合連続出場」で記録が途絶えると、これ以降ゲームに出る事はありませんでした。

 筋萎縮性側索硬化症という不治の病に侵され(この病は体中の筋力が徐々に衰えていき、やがて自己呼吸が出来なくなる難病)、バットを置く決断をしました。後にこの不治の病は、ルー・ゲーリッグ病と呼ばれるようになりました。

 この大記録は1995年にカル・リプケンjrに54年ぶりに塗り替えられる事となりましたが、破られてもなお、人々はゲーリッグの偉業を称えていく事でしょう。

 16年前にレギュラーの座を奪い取った日と、くしくも同じ日、1941年6月2日に37歳の若さでこの世を去りました。

 背番号「4」はアメリカのプロスポーツ史上初の永久欠番となりました。

ルー・ゲーリッグとベーブ・ルース ニューヨーク・ヤンキース
ニューヨーク・ヤンキース ルー・ゲーリッグ

ルー・ゲーリッグ/生涯成績
試合数 2164
安打 2721
本塁打 493
打点 1995
盗塁 102
打率 .340
一塁手・左投左打
1923-1939年 (現役)
1903.6.19-1941.6.2 (生涯)
1939年殿堂入り


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