ハンク・アーロン Hank Aaron


 1934年2月5日に、後にメジャー記録の「755本塁打」という、とてつもない記録を打ち立てるハンク・アーロンは生を受けました。

 このころはまだ人種差別が激しく、高校時代までbasaballもした事がなかったアーロンが、メジャーリーガーになる夢をもったのは、このころ黒人選手として初めてメジャーリーガーになったジャッキー・ロビンソンに憧れたためでした。

 その後、草野球チームでbaseballを覚え、ニグロリーグ(黒人選手のプロ野球)での活躍が認められ、1952年にブレーブスにスカウトされ、2年後の1954年にメジャーに昇格しました。

 この年、ジャイアンツからやって来た大物外野手ボビー・トムソンのケガにより、開幕からレギュラーの座をつかみました。

 1年目から、打率.280厘、13本塁打、69打点の成績を残し、順風満帆にメジャーリーグでのスタートを切りました。

 1956年には.328厘で首位打者に輝き、翌1957年には、44本塁打、132打点で2冠王に輝きMVPも獲得しました。

 その後も数々のタイトルを獲得し、気付けばベーブ・ルースのもつ「714本塁打」の当時のメジャー記録に迫っていました。

 この頃からアーロンに対して、嫌がらせや、脅迫行為が急増しました。「ベーブ・ルースの記録を黒人が破るなんて許せない」そんな風潮が多数だったのです。

 しかしアーロンはホームランを打ち続け、1973年に40本塁打を放って、これで通算713本とし、ルースの記録に後1本と迫ってこのシーズンを終えると、1974年の開幕戦の第2打席であっさり、714号本塁打を放ちルースに並びました。

 そして4月8日、ブレーブスの当時の本拠地、フルトン・カウンティー・スタジアムでのロサンゼルス・ドジャース戦で、アル・ダウニング投手からルースの記録を超える「715本塁打」を放ちました。「静かなる男」と言われていたアーロンは派手なガッツポーズをするでもなく、いつも通り淡々とベースを1周しました。

 その後メジャー記録を「755本塁打」まで伸ばし、1976年に静かにバットを置きました。

 ルースの記録を破って30年が過ぎた2004年、このアーロンの記録が破られるのも時間の問題になってきました。バリー・ボンズです。

 2004年のシーズンを終えて「703本塁打」のボンズは順調に行けば、2006年シーズンにはアーロンの記録を超えるのは確実とされています。しかしアーロンは記録が破られるのに特別な感情はないみたいです。

 アーロンは、ルースの記録を破った当時の事をこう振り返りました、「ちょっと憤慨したね。おそらく私の生涯でも光り輝いていたときだったと思う。でも、早く終わってほしいと思っていた時期でもあったんだ」と。

 数々の嫌がらせや、脅迫に屈せず、静かにルースの記録を塗り替えたアーロンは、ボンズが自分の記録を超えるのも、静かに見守る事でしょう。

ハンク・アーロン ミルウォーキー・ブレーブス
アトランタ・ブレーブス ハンク・アーロン

ハンク・アーロン/生涯成績
試合数 3298
安打 3771
本塁打 755
打点 2297
盗塁 240
打率 .305
外野手・一塁手・DH、右投右打
1954-1976年 (現役)
1934.2.5- (生涯)
1982年殿堂入り


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