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| 野茂 英雄 | |
| 1968年8月31日・大阪府生まれのB型 | |
| 成城高校⇒新日鉄堺⇒近鉄バファローズ⇒ロサンゼルス・ドジャース⇒ニューヨーク・メッツ | |
| ⇒ミルウォーキー・ブリュワーズ⇒デトロイト・タイガース⇒ボストン・レッドソックス | |
| ⇒ロサンゼルス・ドジャース⇒タンパベイ・デビルレイズ | |
| ⇒ニューヨーク・ヤンキース(マイナー契約)⇒シカゴ・ホワイトソックス(マイナー契約) | |
| ⇒カンザスシティ・ロイヤルズ(マイナー契約) | |
| 1994年オフにすったもんだで、近鉄を任意引退扱いとなり、ロサンゼルス・ドジャースに入団。 | |
ご存じ日本人メジャーリーガーのパイオニア的存在。マッシー村上(村上雅則)以来、30年ぶり2人目の日本人メジャーリーガーとなりました。 「メジャーリーグを救った男」そう言っても過言ではないかもしれません。1994年8月12日、メジャーリーグは、FAなどにより選手の年棒が高騰したためオーナー側は抑えたい、選手側は反発と激しく対立し、メジャーリーグ史上5回目の「ストライキ」に突入しました。シーズン真っ只中のこのストライキに残りのシーズン、プレーオフ、ワールドシリーズが中止となってしまいました。 結局1995年3月に、オーナー側が譲歩する形で選手会側がストライキを中止しました。1995年の開幕も危ぶまれていただけに、この年からメジャーに移籍した野茂にとっては「ホッ」とした事だろう。 そして、例年より1ヶ月遅れの4月25日にメジャーリーグは再開、開幕する事となりました。 1995年5月2日、ジャイアンツ戦に先発でメジャー初登板。5回を投げきり、被安打1、奪三振7、無失点と好投するも勝敗には関係ありませんでした。その後も好投するも、なかなか勝ち星に恵まれず、迎えた6月2日、メッツ戦で8回を投げ、被安打2、奪三振6、自責点1と好投し、メジャー7戦目にしてメジャー初勝利を上げました。 なにより、野茂が投げるゲームは観客が激増し、「トルネードは社会現象」を巻き起こしました。これはストライキにより離れたファンを呼びもどすこととなり、この事からも「メジャーリーグを救った男」と言えるかもしれません。 その後、数々のチームを渡り歩く中、メジャー2年目[ドジャース時代のクアーズ・フィールド]と8年目[レッドソックス時代のオリオール・パーク・カムデン・ヤーズ]に両リーグでノーヒットノーランを達成。2004年現在、この2つのball parkでノーヒットノーランを達成したのは野茂英雄ただ1人である。 また以外かもしれないが日本人メジャー1号ホームランは、1996年に放った野茂の1発でした。 メジャー1年目には最多奪三振、新人王を獲得。オールスターにも選出され、オールスターでは先発という輝かしい1年目となりました。 その後は右肩、右ひじの故障などで「野茂はもう終わったのか?」とファンをやきもきさせましたが、そのつど復活! 2001年オフには、日本人で初めてFAの権利を取得しました。 2002年には古巣ドジャースに復帰し、2002,2003年と2年連続16勝を上げる活躍でしたが、プレーオフに進む事は出来ませんでした。 2004年シーズンは、2年連続開幕投手を任されましたが、2003年のシーズンオフに右肩を手術した影響か、自身ワーストとなる10連敗を喫するなど、精彩を欠きました。チームは9年ぶりの地区優勝を飾りましたが、プレーオフでもロースター(出場枠)を外れ、野茂にとっては不満の残るメジャー10年目でした。 しかし、メジャー10年間で118勝を上げ、日米通算200勝まであと4勝と迫った野茂はデビルレイズとマイナー契約を結び、開幕メジャーに生き残り11年目のスタートを切りました。 デビルレイズ移籍初登板で見事な投球を披露し、日米通産197勝目を上げましたが、その後は結果を残せず、ローテーションを外される可能性もありましたが、6月15日(現地時間)のブリュワーズ戦で見事に日米通産200勝を達成しました。 しかしその後も安定した投球が出来ず、早々と優勝争いから脱落したチーム事情もあり、メジャー40人枠から外れる事実上の戦力外通告を受けました。その後シーズン中にヤンキースとマイナー契約を結びましたが、メジャーに昇格する事はありませんでした。 そして引退もささやかれていましたが、2006年は2005年のワールドチャンピオン、シカゴ・ホワイトソックスとマイナー契約を結ぶもメジャー昇格ならず、2007年は治療に専念。2008年にはロイヤルズとマイナー契約を結びました。日本人メジャーリーガーのパイオニアが再びメジャーのマウンドに上がることはあるのか? |
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| 所属チーム | 試合 | 勝 | 負 | S | 奪三振 | 防御率 | タイトル | |
| ▼ 日本時代 ▼ | ||||||||
| 近鉄・バファローズ(1990年) | 29 | 18 | 8 | 0 | 287 | 2.91 | MVP・沢村賞・新人王・最多勝・最優秀防御率・最多奪三振 | |
| 近鉄・バファローズ(1991年) | 31 | 17 | 11 | 1 | 287 | 3.05 | 最多勝・最多奪三振 | |
| 近鉄・バファローズ(1992年) | 30 | 18 | 8 | 0 | 228 | 2.66 | 最多勝・最多奪三振 | |
| 近鉄・バファローズ(1993年) | 32 | 17 | 12 | 0 | 276 | 3.70 | 最多勝・最多奪三振 | |
| 近鉄・バファローズ(1994年) | 17 | 8 | 7 | 0 | 126 | 3.63 | ||
| 近鉄・バファローズ(1990〜1994年) | 139 | 78 | 46 | 1 | 1204 | 3.15 | MVP1回・沢村賞1回・4年連続最多勝・4年連続最多奪三振・最優秀防御率1回 | |
| ▼ メジャー ▼ | ||||||||
| ロサンゼルス・ドジャース(1995年) | 28 | 13 | 6 | 0 | 236 | 2.54 | 新人王・最多奪三振・オールスター | |
| ロサンゼルス・ドジャース(1996年) | 33 | 16 | 11 | 0 | 234 | 3.19 | ノーヒットノーラン達成! | |
| ロサンゼルス・ドジャース(1997年) | 33 | 14 | 12 | 0 | 233 | 4.25 | ||
| ドジャース・メッツ(1998年) | 29 | 6 | 12 | 0 | 167 | 4.92 | ||
| ミルウォーキー・ブリュワーズ(1999年) | 28 | 12 | 8 | 0 | 161 | 4.54 | ||
| デトロイト・タイガース(2000年) | 32 | 8 | 12 | 0 | 181 | 4.74 | ||
| ボストン・レッドソックス(2001年) | 33 | 13 | 10 | 0 | 220 | 4.50 | 最多奪三振・ノーヒットノーラン達成! | |
| ロサンゼルス・ドジャース(2002年) | 34 | 16 | 6 | 0 | 193 | 3.39 | ||
| ロサンゼルス・ドジャース(2003年) | 33 | 16 | 13 | 0 | 177 | 3.09 | ||
| ロサンゼルス・ドジャース(2004年) | 18 | 4 | 11 | 0 | 54 | 8.25 | ||
| タンパベイ・デビルレイズ(2005年) | 19 | 5 | 8 | 0 | 59 | 7.24 | ||
| (2006年) | 契約なし | |||||||
| (2007年) | 契約なし | |||||||
| (2008年) | 契約なし | |||||||
「イチローDATA」「松井秀喜DATA」「松井稼頭央DATA」「田口壮DATA」「井口資仁DATA」
「中村紀洋DATA」「石井一久DATA」「長谷川滋利DATA」「大家友和DATA」「高津臣吾DATA」
「大塚晶則DATA」「多田野数人DATA」「木田優夫DATA」「藪恵壹DATA」「デニー友利DATA」
「城島健司DATA」「小関竜也DATA」「マック鈴木DATA」「森慎二DATA」「入来祐作DATA」「斉藤隆DATA」
「松坂大輔データ」「井川慶データ」「岩村明憲データ」「福留孝介データ」「黒田博樹データ」「薮田安彦データ」「小林雅英データ」「福盛和男データ」
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