松井秀喜









松井 秀喜
1974年6月12日・石川県生まれのO型
星陵高校⇒読売巨人⇒ニューヨーク・ヤンキース
⇒ロサンゼルス・エンゼルス⇒オークランド・アスレチックス⇒タンパベイ・レイズ
2002年オフにFAの権利を行使しヤンキースに入団。

2003年3月31日、ブルージェイズ戦に5番レフトで松井のメジャーリーグはスタートしました。初回にいきなりチャンスで回ってくると、初球をレフト前ヒット!初安打初打点と最高のデビューとなりました。

そしてなんといっても衝撃だったのが7試合目の4月8日、ヤンキー・スタジアムでのデビュー戦、満塁で回ってきた第3打席に見事メジャー第1号ホームランとなる「グランドスラム」をライトスタンドに叩き込みました。ベースを一周する松井の顔は、あきらかにこわばっていました。ベンチに戻ってくるとチームメイトにうながされるように、スタンドのファンに帽子をとって声援にこたえました、自身初の「カーテンコール」です。

この年もう1つ印象深かったのが、3勝3敗でむかえた「リーグチャンピオンシップシリーズ第7戦」2−5、3点ビハインドでむかえた8回裏、相手ピッチャーは天敵「ペドロ・マルチネス」普通に考えれば「the end」な状況でした。しかしヤンキースはあきらめませんでした。1点を返し2点差、さらに2死ランナー1塁でバッターは松井。ここでピッチャー交代かと思われました、しかしレッドソックスベンチは続投を選択しました。なんせ松井はこのペドロからシーズン、このシリーズを通して、2安打しか打っていませんでした。、当然の選択だったかもしれません。8回裏2死ランナー1塁、ペドロも自信をもって投げ込んでくる。あっさり2ストライクと追い込まれ、やはりペドロは打てないのか、そんな事が脳裏をよぎった、ペドロは3球勝負にきた、内角へのストレート、その150キロ近いストレートを松井は弾き返した、強烈な打球がライト線をやぶる2塁打となった。ここでファンがボールに触れた事からテイク2ベースとなり1塁ランナーはホームに帰れなかった。「ついてない」そー思ったが、続くポサダの打球はフラフラっとセンターの前に落ちた、3塁ランナーは当然ホームイン、さらに2塁ランナーだった松井もホームイン。この瞬間である、飛び上がって喜び、チームメイトとハイタッチ。こんな「雄叫びを上げる」ような松井を初めて見ました、まさに「ゴジラ」そのものでした。

これで5−5の同点となりましたが、この時点でヤンキースの勝ちは決まった感じでした。結局延長11回裏にアーロン・ブーンのサヨナラホームランで、ヤンキースがワールドシリーズに進出する事となりました。これが「バンビーノの呪い」なのでしょうか。
ワールドシリーズでは4番も経験し、日本人初のワールドシリーズでのホームランも放ちましたが、ワールドチャンピオンは惜しくも逃しました。

またこの年、レギュラーシーズン・プレーオフ合わせて181試合全試合出場した唯一の選手でした。

2年目は日本で迎えた開幕戦。2戦目で第1号本塁打を放ち、進化した2年目はホームラン量産を予感させました。

オールスターには「32番目の男」として2年連続出場し、後半戦はヤンキース強力打線の“4番”として、すべてにおいて1年目を上回る活躍でした。本塁打は大台の30本塁打を越え、打点も2年連続100打点以上と、ヤンキースの中心選手として、チームの7年連続地区優勝に大きく貢献しました。

プレーオフでも松井の活躍はすさまじく、ディビジョンシリーズでツインズを破り、リーグチャンピオンシップシリーズでは2年連続レッドソックスと対戦し、3連勝を飾りワールドシリーズ進出は目前でしたが、まさかの4連敗で2年連続ワールドシリーズ進出はなりませんでした。

松井自身「終わった気がしない」と語るなど、進化を遂げた2年目はまさかの幕切れでした。ヤンキースといえど、簡単にチャンピオンリングを手にする事は出来ない事を痛感させられた2年目でした。

2005年メジャー3年目は開幕戦でホームランを放つなど、最高のスタートを切りましたが、4月中盤から5月終盤まで202打席ホームランが出ず、苦しみ、結局ホームランは23本に終わってしまいました。またヤンキースもなんとか地区優勝は果たしましたが、プレーオフのディビジョンシリーズではエンゼルスに敗れ、ワールドシリーズに進む事さえ出来ませんででした。

それでもホームランこそ2004年を下回りましたが、打点は3年連続100打点を達成し、打率も3割をマーク、オフには
ヤンキースと4年総額5200万ドル(約61億8千万)で契約延長し、イチローを超え、日本人選手としては過去最高の契約を結び、悲願のチャンピオンリングを目指します。

ワールベースボールクラシック(WBC)を断ってまでも、この2006年シーズンにかけた松井。4年目の開幕戦は、4打数4安打4打点1本塁打と、最高のスタートを切り、今年はかなりの数字を残すのではと期待されましたが、悪夢はすぐにやってきました。

2006年5月11日。ヤンキースタジアムでのレッドソックス戦の初回に、マーク・ロレッタ選手の打球を前進し、果敢に捕球しに行きましたが、グラブと芝生の切れ目が引っかかってしまい、手首をひねり、痛がる松井。すぐにベンチからトーリ監督がかけより、ベンチに退いた松井はそのまま病院へ。そしてこのゲームの5回が終わり、ゲームが成立した時点で松井が続けていた連続試合出場が「
1768試合(日本1250、米国518)」で途切れることとなりました・・・

そして松井は検査の結果、左手首骨折。結局4ヶ月以上DL入りし、復帰したのは「9月12日」でした。しかしこの復帰戦で4打数4安打を放ち、存在感を大きくアピールしました。

一方、松井をかいたヤンキースでしたが9年連続地区優勝を飾り、「史上最強」とも謳われた強力打線を武器に、2000年以来のワールドチャンピオンを目指しましたが、ディビジョンシリーズでデトロイト・タイガースに1勝3敗で敗戦。松井の指に「チャンピオンリング」がはまることはありませんでした。

2006年はケガでシーズンの大半を棒に振ってしまった松井秀喜でしたが、2007年4月に早くも左太ももを痛めDL入りし、再び試練のシーズン序盤となりました。

左太ももも順調に回復し、4月後半には復帰すると、5月6日のマリナーズ戦で日米通算2000本安打を達成。6月にはパイレーツの桑田と対戦し、四球を選びました。

チームも自身も中々調子が上がりませんでしたが、7月には自己最多の13本塁打を放ち初の月間MVPを受賞すると、チームも快進撃が続きレッドソックスを猛迫。しかし最後までレッドソックスを捉えることが出来ず10年連続地区優勝こそ逃しましたが、ワイルドカードでプレーオフに進出しました。

ディビジョンシリーズでインディアンスと対戦したヤンキースでしたが、松井は4試合で2安打、.182とまったく打てずチームも1勝3敗で敗戦。またしてもチャンピオンリングを逃してしまいました。。。

2007年シーズンオフにはヤンキースのトーレ監督が辞任し、松井にもトレード話が持ち上がるなど、2008年は試練の年となりそうです。


2008年、レギュラーが補償されていないシーズンとなりましたが、序盤から絶好調でレギュラーの座を確保。しかし6月下旬に膝を痛めDL入り。そのまま手術で来シーズンに備えるといった決断も可能でしたが、プレーオフ進出の可能性が残されている事、ヤンキースタジアム最終年といった事もあってか、手術せずリハビリのみで8月にDLから復帰。


DLから復帰後はDHのみで出場しましたがヤンキースをプレーオフに導くような活躍はできず、2008年9月21日(日本時間22日)、ヤンキースタジアム最後のゲームで8番DHで出場し、1打席目にライト前ヒットを放つなど勝利に貢献。ヤンキースタジアムは1923年4月18日から始まり、86年の歴史に幕を下ろしました。結局松井はこのゲームでシーズン終了。翌日には早速手術し来シーズンに備えることとなりました。チームもAL東地区3位に終わり13年連続プレーオフ進出でSTOP。2009年からは新ヤンキースタジアムで出直す事となりました。


2009年、メジャー7年目は新ヤンキースタジアム元年。松井は膝の不安があることからDHに専念。開幕から数試合は4番を任されるも序盤はなかなか数字が上がりませんでしたが、8月以降に爆発し、チームも投打がかみ合い圧倒的な強さでシーズン100勝を上げて地区優勝を果たし2年ぶりにプレーオフへ進出。


そしてプレーオフでもDHとして出場した松井。まずはディビジョンシリーズでツインズを3連勝で破り、松井も1本塁打を放つ。続くリーグチャンピオンシップシリーズではレッドソックスをくだしたエンゼルスと対戦し、松井自身は大きな活躍はありませんでしたがヤンキースはエンゼルスを4勝2敗で破り6年ぶりにアメリカンリーグを制しワールドシリーズへ進出。


ワールドシリーズでもDHで出場した松井。初戦を落としたヤンキースは2戦目に松井の勝ち越し本塁打などでタイに。3戦目からはDHがないため代打での出場となった松井でしたが3戦目に代打でソロ本塁打を放ちヤンキースも快勝。その後3勝2敗となりヤンキースタジアムに戻って行われた第6戦。松井は5番DHで先発すると、1打席目にペドロ・マルティネスから先制の2ランを放ち、2打席目には2点タイムリー、3打席目にも2点タイムリー2塁打を放ち、ワールドシリーズタイ記録となる1試合6打点の大活躍!そしてヤンキースも7-3でフィリーズを下し2000年以来、9年ぶり27度目のワールドシリーズ制覇を成し遂げ、ワールドシリーズ6試合で13打数8安打(打率.615)と大活躍した
松井秀喜が日本人として史上初めてワールドシリーズMVPに輝きました


ヤンキースとの契約が切れFAとなった松井。ヤンキースは松井をDH専任として1年契約を提示しましたが、ヤンキース以上に獲得に積極的だったロサンゼルス・エンゼルスと1年650万ドルで契約合意。年俸は大きく減額しましたが、2010年は新たなチームで迎えることとなりました。


メジャー8年目は新天地エンゼルスでプレーすることとなり、開幕当初は4番DHで出場していましたが、チームが期待していただけの結果は残せず徐々に打順も降下。チームもレンジャーズに大きく離されシーズン終盤は若手の起用に切り替えるなどし、松井の出場機会も大きく減少、チームもプレーオフ進出を逃しました。松井自身、膝の状態は良好で、2009年には1度もなかったレフトの守備にも何度かつき、ある程度の数字も残しましたが、チームをプレーオフへ導くことはできませんでした。そしてエンゼルスとの1年契約が切れ、12月にオークランド・アスレチックスと1年425万ドルで契約合意。メジャー9年目は再び新たなチームでプレーすることとなりました。


メジャーで3チーム目となるアスレチックスで迎えたメジャー9年目。松井は5番DHで出場していましたが、一向に数字が上がらず、スタメンを外れる日も多くなりました。しかし7月20日のデトロイト・タイガーズ戦で日米通算500本塁打(日本の10年間で332本、メジャー9年間で168本)を達成すると、7月は好調を維持し、自身2005年6月以来、4度目となる週間MVPを受賞。


しかし8月、9月にこの好調を続けることが出来ず、結局ケガでシーズンの大半を棒に振った2008年を除けば、打率、本塁打、打点、出塁率、長打率ともに最低の数字に終わり、チームもプレーオフには進めませんでした。アスレチックスとは1年契約でしたので、残留か?移籍か?いずれにしても年齢、ひざの状態を考えれば松井がプレーするのは後1年、2年か?


アスレチックス残留の目がなくなり、結局2012年シーズンは所属チームが決まらないまま幕を開けましたが、4月30日(現地時間)にタンパベイ・レイズとマイナー契約を結び、マイナー(3A)で13試合に出場し、打率.170、本塁打0、打点4と結果は残せませんでしたが、故障者続出のチーム事情もあり、5月29日(現地時間)にメジャー昇格。背番号は35に決まりました。


そしてメジャー昇格した5月29日(現地時間)、地元トロピカーナ・フィールドでのホワイトソックス戦に6番レフトで先発すると、2打席目にライトへ豪快な2ラン本塁打を放ち、健在をアピールしました。しかしその後は全く結果を残せず、結局レイズでは34試合に出場して、打率.147、2本塁打、7打点の成績で、最後は18打席ノーヒットとなり、7月25日(現地時間)にメジャー40人枠から外れ、事実上の戦力外となりました。そして2012年12月28日に現役引退を表明。日本、メジャーともに10年ずつ、20年の現役生活にピリオドを打ちました。

2013年7月28日(現地時間)、松井はヤンキースと1日だけマイナー契約を結び、この日のレイズ戦前に引退セレモニーが行われました。このゲームではケガで戦列を離れていたジーターが先発で復帰しホームランを放つと、6番ライトで先発したイチローも4打数4安打の活躍、さらにはこの日のゲームはヤンキースの今シーズンのホームゲーム55試合目で、相手レイズの先発ムーアの背番号が“55”、9回表まで5-5(9回裏サヨナラ勝ち)、今シーズンヤンキース55勝目と、松井の引退セレモニーを飾るのにこれ以上ない1日となりました。





所属チーム 安打 本塁打 打点 盗塁 打率 タイトル
▼ 日本時代 ▼
巨人(1993年) 41 11 27 1 .223
巨人(1994年) 148 20 66 6 .294
巨人(1995年) 142 22 80 9 .283
巨人(1996年) 153 38 99 7 .314 MVP
巨人(1997年) 144 37 103 9 .298
巨人(1998年) 142 34 100 3 .292 本塁打王・打点王
巨人(1999年) 143 42 95 0 .304
巨人(2000年) 150 42 108 5 .316 MVP・本塁打王・打点王・ゴールドグラブ
巨人(2001年) 160 36 104 3 .333 首位打者・ゴールドグラブ
巨人(2002年) 167 50 107 3 .334 MVP・本塁打王・打点王・ゴールドグラブ
巨人(1993〜2002年) 1390 332 889 46 .304 MVP3回・本塁打王3回・打点王3回・首位打者1回・・ゴールドグラブ3回
▼ メジャー ▼
ニューヨーク・ヤンキース(2003年) 179 16 106 2 .287 オールスター出場・ワールドシリーズ出場
ニューヨーク・ヤンキース(2004年) 174 31 108 3 .298 オールスター出場
ニューヨーク・ヤンキース(2005年) 192 23 116 2 .305
ニューヨーク・ヤンキース(2006年) 52 8 29 1 .302
ニューヨーク・ヤンキース(2007年) 156 25 103 4 .285
ニューヨーク・ヤンキース(2008年) 99 9 45 0 .294
ニューヨーク・ヤンキース(2009年) 125 28 90 0 .274 ワールドシリーズ制覇&ワールドシリーズMVP
ロサンゼルス・エンゼルス(2010年) 132 21 84 0 .274
オークランド・アスレチックス(2011年) 130 12 72 1 .251
タンパベイ・レイズ(2012年) 14 2 7 0 .147
メジャー(2003〜2012年) 1253 175 760 13 .282

赤字はタイトル)

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