イチロー










鈴木 一郎
1973年10月22日・愛知県生まれのB型
愛工大名電高校⇒オリックスBW⇒シアトル・マリナーズ⇒ニューヨーク・ヤンキース⇒フロリダ・マーリンズ
2000年オフ、ポスティングシステムによりマリナーズに入団。

日本人初の野手のメジャーリーガ!2001年4月2日、ホームのセーフコ・フィールド、アスレチックス戦で1番ライトでメジャーデビューとなりました。第1打席はセカンドゴロに終わり、その後もファーストゴロ、三振とヒットが出ないまま迎えた7回の第4打席、センター前にメジャー初ヒットを放ち、イチローのメジャーでの旅が始まりました。

1年目から[242本]のヒットを量産し、ジョー・ジャクソンのもつ新人最多安打[233安打]90年ぶりに更新しました。この年間242安打は、メジャーの歴史の中でも史上9位の記録(2001年当時)です。

また、チームはメジャータイ記録の[116勝]と圧倒的な強さで地区優勝し、プレーオフに進出しました。「ディビジョンシリーズ」ではインディアンスを破り、「リーグチャンピオンシップシリーズではヤンキースと対戦するも1勝しか出来ず、イチローの1年目は終わりました。

結局メジャー1年目2001年は、首位打者盗塁王ゴールドグラブ、シルバースラッガー賞を獲得し、新人王MVPを受賞しました。新人選手の首位打者はメジャー史上2人目。またデビュー以来3年連続オールスター最多得票での出場(アメリカンリーグで)。新人から4年連続200本安打はメジャー新記録。ちなみに連続200本安打は、ウェイド・ボッグスの7年連続(1900年以前なら、ウィリー・キーラーの8年連続、1894〜1901)、年間200本安打の通算回数はメジャー記録の4256安打の記録保持者、ピート・ローズの10回が最多です。

内野安打が多いイチローだが、イチロー曰く「ヒットになるには、それなりの理由がある」とまた一つ名言を残しました。

2004年5月21日には、30歳7ヶ月という若さで日米通算2000本安打を達成。イチローにとってみれば、単なる通過点にすぎないが、この日は2001本目のヒットも放ち、次の目標は?と質問されたイチローは「2002本目のヒットを打つことです」とイチローらしい答えでした。

さらにこの2004年、全米中の誰もが忘れかけていた、長いメジャーの歴史上の中でも、最も古い記録の1つと言われた「シーズン最多安打」を84年ぶりに塗り替えました。ジョージ・シスラーが「シーズン最多安打/257安打」を樹立したのが、1920年。この「シーズン最多安打」のトップ10はイチロー以外はすべて1930年以前に作られた記録なのですから、忘れかけられても無理はありません。
結局イチローはシーズン最終打席でもヒットを放ち、「262安打」まで記録を延ばし、シーズンを終えました。記録達成後のインタビューで「今感じているのは、小さなことを積み重ねることが、とんでもないところにいく唯一の道だということ。」と語っていました。

2003年オフにはマリナーズと4年、4400万ドルで契約延長し、ミスターマリナーズこと、エドガー・マルチネスが2004年シーズンを最後に引退したため、今度はチームリーダーとしての役割も果たさなければなりません。

2004年は、イチロー個人の記録だけ見れば最高のシーズンでしたが、マリナーズとしては開幕から最下位を独走する最悪のシーズンでした。

2005年は夢の4割も期待されましたが、序盤から打率は伸びず、5年連続200安打を達成するのがやっと。チームも2年連続前半戦で優勝争いから脱落し、2年連続の最下位に沈み、シーズンオフにはハーブローグ監督との確執も指摘され、トレードの噂も上がりました。

2006年、日本をワールドベースボールクラシック(WBC)の初代チャンピオンに導いたイチロー。さらに城島がマリナーズに加入し、チームは前半戦、検討しましたが、後半戦に失速、結局3年連続最下位となってしまいました。。

イチロー自身は最多安打のタイトルを獲得し、「日米通算400盗塁」「日米通算2500安打」「6年連続オールスター」「メジャー史上2人目の6年連続200安打(20世紀以降)」などの数々の記録は達成ましたが、得点圏打率の低下、出塁率が1番バッターとしては低いことなど、必ずしもチームに貢献したとはいえない2006年シーズンでした。

4年契約の最終年2007年。2007年からレッドソックスに移籍した松坂大輔と4月に早速対戦し、結果は3打数0安打でしたが、松坂に刺激を受けたのか、5月からはヒットを量産し、5月にはチーム記録となる25試合連続安打を放つなど3年ぶりの首位打者に向けて着実に打率を上げていき、連続盗塁成功の記録も伸ばしていましたが、46回目に失敗し、50回連続成功のメジャー記録はなりませんでした。

6月にはパイレーツの桑田と対戦し、空振り三振に倒れましたが、桑田との対戦に感慨深げでした。

7月にはオールスターに7年連続選出され1番センターで先発し2打席連続安打を放つと、3打席目にはクリス・ヤング投手(パドレス)からメジャー史上初となるランニング本塁打を放ち、見事MVPを獲得しました。

オールスター明けにはマリナーズと5年総額「9,000〜1億ドル」約110億円〜120億円の契約延長を正式に発表し、日本人メジャリーガーとして初めて年額20億円以上の超大型契約を結ぶこととなりました。

オールスター後もイチローは相変わらずヒットを量産し、9月にクレメンスからホームランで7年連続200安打を達成し、3年連続最下位だったチームも打線が好調でエンゼルスと優勝争いを最後まで演じましたが、8月から9月にかけての9連敗でthe end。結局プレーオフ進出はならず、.351の高打率を残したものの首位打者獲得もなりませんでした。。。

メジャー8年目、マリナーズは積極的な補強でプレーオフ進出も期待されましたが前半戦から投打の歯車が狂い最下位に低迷。結局シーズン100敗を喫するなど期待に応えることができませんでした。イチロー自身はメジャータイ記録となる8年連続200本安打&オールスター出場を達成するなど、安定した成績を残しましたが、得点圏打率が低かったり、個人成績を気にしすぎているなどの批判を受け、さらにチームメイトとの確執なども報道されるなど、スッキリとしない形で8年目は幕を閉じました。


メジャー9年目。WBC2連覇の立役者となったイチローでしたが、WBCの影響か?体調を崩し(胃潰瘍)メジャーで初めてDL入りしての開幕を迎えました。ただマリナーズにはグリフィーjrが復帰し、マリナーズのチームの雰囲気が一変し、シーズン序盤から好調をキープ。イチローも開幕8試合を欠場しましたが、DLから復帰後はヒットを量産。そして9月13日(現地時間)レンジャーズ戦でショート内野安打を放ち、メジャー新記録となる9年連続200安打を達成!またメジャーの歴史にその名を刻みました。ただチームは後半失速しプレーオフ進出を逃すと、イチローも.352の高打率を残しながら首位打者を逃し、メジャー9年目は終了しました。


メジャー10年目。マリナーズはサイヤング投手クリフ・リー投手やフィギンズ内野手などを獲得するなど積極的な補強を行いアメリカンリーグ西地区の優勝候補に挙げられていましたが、シーズン序盤から低迷し、オールスター前にはクリフ・リーを同地区のレンジャーズへトレードし事実上の白旗宣言。結局イチローは10年連続200安打を放ちましたが、チームは101敗を喫し、プレーオフ進出はなりませんでした。


メジャー11年目の2011年。イチローは春先から好調を維持し、今年もイチローは心配ないなと思われましたが、5月以降、打率が徐々に下降し、その後も安打を量産することが出来ず、結局メジャーデビューした2001年から続いていたシーズン200安打&打率3割&オールスター出場&ゴールドグラブ全てが途切れ、またチームも例年通り優勝争いに加わることが出来ず。イチロー、マリナーズともに厳しいシーズンとなりました。


このイチローの成績急降下が年齢的な衰えなのか?それともカットボール全盛の昨今、イチローがカットボールに対応できなくなったなど、さまざまな憶測が飛び交いましたが、2012年にその答えが分かりそうです。


メジャー12年目はイチロー自身初となる日本(東京ドーム)での開幕戦を迎え(vsアスレチックス)、イチローは1番ではなく3番ライトで先発。そして5打数4安打1打点の大活躍でチームを勝利に導き、日本のファンに嬉しい1勝をプレゼントしました。しかイチローの数字は上がらず、結局打順も3番から1番に戻り、チームも前半戦から指定席の最下位に低迷。


そして7月23日(現地時間)マリナーズとヤンキースがイチローとマイナー2投手+金銭でのトレードで合意。マリナーズ自体が若手への切り替え時期にある事、そして自身が環境を変えてプレーしたいことなど、イチロー自身がマリナーズにトレードを申し出ていたことが分かりました。また背番号は31に。ヤンキースの51と言えば2006年までイチローの憧れの選手バーニー・ウィリアムズが付けており、この51を付けることはさすがにできないと断ったようでした。


トレード当日にセーフコフィールドでマリナーズvsヤンキース戦が組まれていて、イチローは8番ライトで早速先発。第1打席ではマリナーズファンからはスタンディングオベーションで迎えられ、ヤンキース移籍後初打席でケビン・ミルウッドからセンター前ヒットを放ち、さらに盗塁も成功させ、新たな1歩を踏み出しました。


ヤンキースは後半オリオールズと激しい優勝争いを演じ、最終戦までもつれましたが2年連続18回目の地区優勝を果たしプレーオフへ進出。イチロー自身もヤンキース移籍後は打率.322、5本塁打、27打点、14盗塁と活躍し、11年ぶりのプレーオフとなりました。


オリオールズとのディビジョンシリーズ。イチローは5戦とも2番レフトで先発フル出場し、23打数5安打3打点。大活躍とはいきませんでしたが、最終5戦目には6回に貴重なタイムリー2塁打を放ち、リーグチャンピオンシップシリーズ進出へ貢献しました。


そしてタイガースとのリーグチャンピオンシップシリーズ。第1戦。イチローは2番レフトで先発すると、0-4と4点ビハインドの9回裏に2ラン本塁打を放ち、さらにイバニエスの2ランで延長戦に。イチローは6打数4安打と気を吐きましたが延長12回の末、敗戦。しかもジーターが延長12回の守備時に負傷(左足首骨折)し今シーズン絶望。ヤンキースは敗れた以上に痛い初戦となり、結局ヤンキースはその後も打線が全く打てず、タイガースに4連敗で終戦。イチローはリーグチャンピオンシップシリーズでもフル出場し、17打数6安打2打点、プレーオフ通算で40打数11安打(.275)5打点。沈黙したヤンキース打線の中ではまずまずの数字でしたが、「もう悔しい思いしかないです。ただ、こういう気持ちは久しく味わってないですから、最後はこういう形で負けてしまいましたけど、本来もっている気持ちを思い出させてもらった。感謝の気持ちしかない、この場所には」と語り、静かにメジャー12年目を終えました。シーズン終了後FAとなり、フィリーズ、ジャイアンツなどからもオファーがありましたが、ヤンキースと2年1300万ドルで契約合意し、ヤンキースでメジャー3000安打。そしてチャンピオンズリングを目指すこととなりました。


ヤンキースでの2年目、チームは故障者続出で、イチローはレギュラーとしてプレー。打率はなかなか上がりませんでしたが、それでも8月21日(現地時間)のブルージェイズ戦でディッキー投手からレフト前ヒットを放ち、日米通算4000本安打を達成しました。一方チームは前半からジーターを含む主力に故障者が続出し、地区同率3位に低迷。5年ぶりにプレーオフに進むことはできず、イチロー自身もメジャー移籍後、最低打率に終わり、イチロー、ヤンキース共に厳しいシーズンとなりました。


メジャー14年目、ヤンキースでの3年目。ヤンキースはエルズベリー、ベルトランのレギュラー外野手を補強したためイチローは開幕時は外野で5番手扱いでしたが、それでも出場時は最低限の役割を果たし、結局、規定打席には足りませんでしたが打率は.284、安定した守備でチームに貢献。メジャー14年連続で100安打、日米合わせて21年連続100安打を達成(ピート・ローズの23年連続100安打がメジャー記録)。しかしジーターが引退することが決まっていたヤンキースはアメリカンリーグ東地区で2位に終わり、ワイルドカードも届かず、2年連続でプレーオフ進出を逃しました。


シーズン終了後FAとなり、移籍先はなかなか決まりませんでしたが、2015年1月末にフロリダ・マーリンズと1年200万ドル+出来高で契約合意し、マーリンズに所属する初めての日本人プレイヤーとなり、2015年シーズンは初めてナショナルリーグでプレーすることとなりました。


当初は第4の外野手ということで出番が少なくなると思われましたが、相次いで外野陣が故障で離脱し、出番が増加。しかし6月から7月にかけて自己ワーストの34打席連続無安打を記録するなど、数字は一向に上がらず。終わってみれば打率は.229とメジャー15年目で自己ワースト。日本時代から続いていた年間100安打も21年で途切れました。またレギュラーシーズン最終戦に4点ビハインドの8回から日本時代を通じて初めてマウンドに上がり(オールスターを除く)、打者5人に対して計18球を投げて、最速89マイル(約143km)、1回2安打1失点という内容でした。この数字ではさすがに2016年はメジャー契約は難しいと思われましたが、レギュラーシーズンが終了して間もない10月6日に、マーリンズと1年200万ドルで早々と契約を結び(2017年はチームオプション)、2016年、メジャー16年目もマーリンズでプレーし、残り65本まで迫ったメジャー3000本安打を目指すこととなりました。


メジャー16年目は最も厳しいスタートとなりました。当初から第4の外野手として出場機会が限られると予想されていましたが、その通り、シーズン序盤はスタメンでの出場は僅かで、主に代打での出場が続き、今シーズンでのメジャー3000本安打は難しいと思われていました。それでも限られた出場で結果を残し、徐々に出場機会が増えると、2016年6月15日(現地時間)敵地ペトコ・パークでのパドレス戦で1番ライトで先発すると、1打席目に捕手への内野安打を放ち、日米通算でピート・ローズの持つメジャー最多安打4256安打に並び、さらに5打席目にはロドニーからライト線を痛烈に破る2塁打で日米通算ではありますが、ピート・ローズのメジャー最多安打を破る4257安打を放ちました。


そしてメジャー3000本安打まで残り1本となっていた2016年8月7日(現地時間)、ロッキーズの本拠地クアーズ・フィールドで6番センターで先発すると、4打席目にクリス・ローシンからライトフェンス直撃の3塁打を放ち、メジャー史上30人目となるメジャー3000本安打を達成、メジャー16年目での達成はピート・ローズと並び史上最速タイでした。9567打席目での達成は11位、2452試合目での達成は14位でした。


チームはシーズン終盤までプレーオフ争いを演じましたが最後に力尽き、さらに9月にはエース、ホセ・フェルナンデス投手がボートでの不慮の事故で亡くなるなど、マーリンズには厳しいシーズンとなりました。ただイチロー自身は前年をはるかに上回る数字を残し(規定打席には達していませんが)、レギュラーシーズン終了3日後の10月5日にチームは早々と来期オプションを行使し、2017年もイチローはマーリンズでプレーすることとなりました(2018年のチームオプションが追加)。また球場内外での優れた精神や人柄の良さを称えるルー・ゲーリッグ賞を受賞しました。









所属チーム 安打 本塁打 打点 盗塁 打率 タイトル
▼ 日本時代 ▼
オリックスBW(1992年) 24 0 5 3 .253
オリックスBW(1993年) 12 1 3 0 .188
オリックスBW(1994年) 210 13 54 29 .385 MVP・首位打者・ゴールドグラブ
オリックスBW(1995年) 179 25 80 49 .342 MVP・首位打者・打点王・盗塁王・ゴールドグラブ
オリックスBW(1996年) 193 16 84 35 .356 MVP・首位打者・ゴールドグラブ
オリックスBW(1997年) 185 17 91 39 .345 首位打者・ゴールドグラブ
オリックスBW(1998年) 181 13 71 11 .358 首位打者・ゴールドグラブ
オリックスBW(1999年) 141 21 68 12 .343 首位打者・ゴールドグラブ
オリックスBW(2000年) 153 14 73 21 .387 首位打者・ゴールドグラブ
オリックスBW(1992〜2000年) 1278 118 529 199 .353 MVP3回・首位打者7回・打点王1回・盗塁王1回・ゴールドグラブ7回
▼ メジャー ▼
シアトル・マリナーズ(2001年) 242 8 69 56 .350 MVP・首位打者・盗塁王・ゴールドグラブ・シルバースラッガー賞・新人王・オールスター
シアトル・マリナーズ(2002年) 208 8 51 31 .321 ゴールドグラブ・オールスター
シアトル・マリナーズ(2003年) 212 13 62 34 .312 ゴールドグラブ・オールスター
シアトル・マリナーズ(2004年) 262 8 60 36 .372 シーズン最多安打樹立首位打者・ゴールドグラブ・オールスター
シアトル・マリナーズ(2005年) 206 15 68 33 .303 ゴールドグラブ・オールスター
シアトル・マリナーズ(2006年) 224 9 49 45 .322 最多安打・ゴールドグラブ・オールスター
シアトル・マリナーズ(2007年) 238 6 68 37 .351 最多安打・ゴールドグラブ・シルバースラッガー・オールスターMVP
シアトル・マリナーズ(2008年) 213 6 42 43 .310 最多安打・ゴールドグラブ・オールスター
シアトル・マリナーズ(2009年) 225 11 46 26 .352 最多安打・ゴールドグラブ・オールスター・シルバースラッガー
シアトル・マリナーズ(2010年) 214 6 43 42 .315 最多安打・オールスター
シアトル・マリナーズ(2011年) 184 5 47 40 .272
マリナーズ/ヤンキース(2012年) 178 9 55 29 .283
ニューヨーク・ヤンキース(2013年) 136 7 35 20 .262
ニューヨーク・ヤンキース(2014年) 102 1 22 15 .284
フロリダ・マーリンズ(2015年) 91 1 21 11 .229 投手成績:1イニング1失点、防御率9.00
フロリダ・マーリンズ(2016年) 95 1 22 10 .291 日米通算でメジャー最多安打を破る・メジャー通算3000本安打
フロリダ・マーリンズ(2017年)

赤字はタイトル)

イチロー・メジャー記録
イチローメジャー記録  シーズン安打試合[135試合] ◆ メジャー記録(2001年)
イチローメジャー記録  シーズン新人最多安打[242安打] ◆ メジャー記録(2001年)
イチローメジャー記録  シーズン新人最多打数[692打席] ◆ メジャー記録(2001年)
イチローメジャー記録  新人から4年目までの安打数[924安打] ◆ メジャー記録(2004年)
イチローメジャー記録  4年間での安打数[924安打] ◆ メジャー記録(2004年)
イチローメジャー記録  5年間での安打数[1130安打] ◆ メジャー記録(2005年)
イチローメジャー記録  新人から10年連続[200安打] ◆ メジャー記録(2001〜2010年)
イチローメジャー記録  10年連続[200安打] ◆ メジャー記録(2001〜2010年)
イチローメジャー記録  シーズン最多安打[262安打] ◆ メジャー記録(2004年)
イチローメジャー記録  シーズン5安打試合回数[4回] ◆ メジャータイ記録(2004年)
イチローメジャー記録  シーズン月間50安打回数[3回] ◆ メジャー記録(2004年)
イチローメジャー記録  通算月間50安打回数[4回] ◆ メジャータイ記録(2004年)
イチローメジャー記録  シーズン最多単打[225単打] ◆ メジャー記録(2004年)
イチローメジャー記録  シーズン最多マルチヒット[80試合] ◆ メジャー記録(2004年)1969年以降


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