
| “メジャー史上最高の右打者”ファンからはインド語で王様と言う意味と、名前のロジャースが似ている事から「ラージャ」と呼ばれていました。 1915年カージナルスでメジャーデビューし、翌1916年にレギュラーを獲得、当初は内野ならどこでも守っていましたが、1920年に2塁手に定着しました。 1920年に打率.370で初の首位打者を獲得すると、1925年まで6年連続首位打者を獲得、1922年に打率.401、1924年に打率.424、1925年に打率.403と、3度の4割は“球聖タイ・カッブ”と並ぶメジャー記録です。 また1922年に、打率.401、42本塁打152打点、1925年に打率.403、39本塁打、143打点で、2度3冠王に輝き、2度の3冠王は“打撃の神様テッド・ウイリアムズ”と唯2人だけです。 1925年からはカージナルスの選手兼監督としてプレイし、翌1926年にはチーム史上初のワールドシリーズに進出、アメリカンリーグのチャンピオン、ベーブ・ルース、ルー・ゲーリッグ擁するヤンキースと対戦し、4勝3敗でカージナルスをチーム史上初のワールドチャンピオンに導きました。 しかしそのオフ、オーナーと衝突し、ニューヨーク・ジャイアンツのフランキー・フリッシュとトレードされました。このトレードは俗に「世紀の大トレード」と言われました。 その後も思った事をズバズバ言う性格から、周囲とうまくいかないこともしばしばで、1937年に引退するまで5チームを渡り歩きました。 通算打率.358はタイ・カッブの.366に次ぐメジャー歴代2位の記録で、右打者という事を考慮すればタイ・カッブに勝るとも劣らない数字です。 首位打者7回、本塁打王2回、打点王4回、MVP1回、“メジャーリーグ史上最高の右打者”・“メジャーリーグ史上最高のセカンド”の2つの称号を得て、1937年に23年間のメジャー生活にピリオドをうちました。 メジャー入りした19歳の時から酒もタバコにも手を出さず、眼に悪いからと映画もまったく観ず、新聞もほとんど読まなかったホーンスビーでしたが、皮肉な事に晩年に白内障を患い、1963年、66歳に心臓発作でこの世を去りました。 |
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| ロジャース・ホーンスビー/生涯成績 | |
| 試合数 | 2259 |
| 安打 | 2930 |
| 本塁打 | 301 |
| 打点 | 1584 |
| 盗塁 | 135 |
| 打率 | .358 |
| 二塁手、遊撃手、三塁手、右投右打 | |
| 1915-1937年 (現役) | |
| 1896.4.27-1963.1.5(生涯) | |
| 1942年殿堂入り | |
[ジャッキー・ロビンソン][ジョー・ジャクソン][ベーブ・ルース][ピート・ローズ][ハンク・アーロン][ジョー・ディマジオ]
[テッド・ウイリアムズ][タイ・カッブ][ルー・ゲーリッグ][サイ・ヤング][ロベルト・クレメンテ][ノーラン・ライアン]
[カール・ハッベル][カール・ヤストレムスキー][ヨギ・ベラ][レジー・ジャクソン][フランク・ロビンソン]
[ウォルター・ジョンソン][ゲイロード・ペリー][トム・シーバー][カル・リプケンjr]
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