カール・ヤストレムスキー Carl Yastrzemski


 1939年ニューヨーク州ポテト農場で産まれたヤストレムスキー。子供時代は当然のようにヤンキースファンで、ヤンキースでプレイする事を夢見ていました。

 しかしスター軍団のヤンキースへの入団は叶わず、永遠のライバル、ボストン・レッドソックスへ入団しました。

 1960年に打撃の神様「テッド・ウイリアムズ」が引退し、まさに入れ替わりとして1961年にボストンへ入団という形となりました。

 1年目1961年からテッド・ウイリアムズの後釜として、ボストンのレフトを守り、3年目には.321で初の首位打者を獲得しました。

 チームは1966年に10チーム中9位に終わりましたが、翌1967年にはホワイトソックス、タイガース、ツインズ、レッドソックスの4チームで史上まれに見る大接戦となりましたが、ツインズとの最終2戦で8打数7安打と打ちまくったヤストレムスキーの活躍で、レッドソックスが21年ぶりにリーグ優勝を飾りました。

 ワールドシリーズではボブ・ギブソン投手を擁するセントルイス・カージナルスと対戦し、ヤストレムスキー自身は25打数10安打・打率.400・3本塁打の大活躍でしたが、惜しくも3勝4敗で破れました。

 ワールドシリーズでは敗れましたが、この1967年に、打率.326・44本塁打・121打点で、1966年フランク・ロビンソンに次ぐ歴代11人目(ロジャース・ホーンスビー/テッド・ウイリアムズは2度(1901年以降))の3冠王に輝き、当然MVPも受賞しました。

 翌1968年は史上初の2割台の首位打者誕生かと騒がれるほど投手有利の年で、唯一3割を打った(.301)ヤストレムスキーが3度目の首位打者に輝きました。

 また守備でも7度のゴールドグラブを獲得するなど、地元ファンからは「ヤズ」と呼ばれ、愛されました。

 デビュー以来20年連続100安打以上はもちろんメジャー記録で、1981年はストの為91試合で83安打と100安打を切りましたが、メジャー23年間で100安打を切ったのはこの年だけと悔やまれます。

 ボストン一筋23年で「3308試合出場」はピート・ローズの「3562試合出場」に次ぐメジャー史上2位の記録で、1チームでの試合出場としては当然メジャー記録です。

 1967年にヤストレムスキーが3冠王に輝いて以降3冠王はなかなか現れませんでしたが、2012年、ミゲル・カブレラ(タイガース)が45年ぶりに3冠王を獲得しました。

カール・ヤストレムスキー ボストン・レッドソックス
ボストン・レッドソックス カール・ヤストレムスキー
カール・ヤストレムスキー ボストン・レッドソックス

カール・ヤストレムスキー/生涯成績
試合数 3308
安打 3419
本塁打 452
打点 1844
盗塁 168
打率 .285
外野手、一塁手、三塁手、右投右打
1961-1983年 (現役)
1939.8.22-(生涯)
1989年殿堂入り



MLB伝説の選手メジャー偉人列伝 Home
MLB「今日の日本人メジャーリーガー」MLB「今日の日本人メジャーリーガー」 Home


ジャッキー・ロビンソン][ジョー・ジャクソンベーブ・ルース][ピート・ローズ][ハンク・アーロン][ジョー・ディマジオ
テッド・ウイリアムズ][タイ・カッブ][ルー・ゲーリッグ][サイ・ヤングロベルト・クレメンテ][ノーラン・ライアン
カール・ハッベル][ヨギ・ベラ][ロジャース・ホーンスビー][レジー・ジャクソン][フランク・ロビンソン
ウォルター・ジョンソン][ゲイロード・ペリー][トム・シーバー][カル・リプケンjr

Copyright (C) 2004 thank's-mlb All Rights Reserved.