松坂大輔 松坂vsイチロー



松坂 大輔
1980年9月13日・東京都生まれのO型
横浜高校⇒西武ライオンズ⇒ボストンレッドソックス⇒クリーブランド・インディアンス(マイナー契約)
⇒ニューヨーク・メッツ⇒ソフトバンクホークス
2006年ポスティングシステムによってレッドソックスが「5,111万ドル(約60億円)」で落札!!

「平成18年(2006年)12月14日(現地時間)」メジャーリーガー松坂大輔が誕生しました!

かねてから球団にポスティングシステムによりメジャー移籍を訴えていた松坂大輔。順調に行けば2007年中にFA(フリーエージェント)の資格を取得しますが、西武はその前の2006年オフにポスティングでのメジャーリーグ移籍を認めることとなりました。

それも当然です。FAで出て行かれては西武には「1円」も入りませんが、ポスティングなら多額の落札額が西武に入りますので、FAの1年前に認めることになったのです(球団経営としては当然の選択なのかもしれません)。

そしてメジャーリーグでの松坂争奪戦が始まりました。当初はヤンキースとマリナーズが有力と見られていましたが、マリナーズは早々と撤退を表明し、最終的には「ヤンキース・メッツ・レッドソックス・カブス・レンジャーズ」が落札に参加し、なんとレッドソックスが破格の「
5,111万ドル(約60億円)」の超破格値で落札しました!

しかし松坂の代理人ボラス氏と、レッドソックス側の契約交渉は難航し、一時は交渉決裂か?ともいわれましたが、結局最後は松坂本人が、「契約内容は十分です」と、ボラス氏を説得し、交渉期限最終日に基本合意し、晴れてメジャーリーガー松坂大輔が誕生しました。

契約内容は、「
6年5,200万ドル(約61億円)+出来高800万ドル」で、初年度としては過去の日本人選手の中でも1番高額な契約となりました(実際には年毎に金額は異なるため比較は難しいですが)。

また背番号も西武時代と同じ「18」に決まりました。

デビュー戦は2007年4月6日ロイヤルズ戦。7回を投げて1失点の好投でメジャー初勝利を上げ、2戦目となった4月12日にはマリナーズのイチローとメジャーで初対戦し、3打席凡退に抑えました(敗戦投手でしたが)。その後、着実に白星を上げていき、チームもライバル、ヤンキースを引き離し独走状態でアメリカンリーグ東地区で首位を快走していきましたが、オールスター後は疲れもあったのか打ち込まれる場面が続き、チームも失速し、終盤ヤンキースの猛迫にあいましたが、ヤンキースの10年連続地区優勝を阻み、東地区を制してプレーオフに進出。

プレーオフ、最初のディビジョンシリーズのエンゼルス戦。2戦目に先発した松坂は5回途中3失点とイマイチの投球でしたがチームは勝利し、続く3戦目も快勝したレッドソックスがエンゼルスを3連勝で破りリーグチャンピオンシップシリーズに進出。

リーグチャンピオンシップシリーズではインディアンスと対戦。1勝1敗で迎えた3戦目に先発した松坂でしたがまたも5回途中4失点で降板、チームも敗れ敗戦投手になり、メジャーに来て初めてゲーム後の記者会見を行わないなど、かなりショックを受けたようでした。

それでもチームはその後盛り返し、3勝3敗で迎えた第7戦に再び松坂が先発。勝てばワールドシリーズ進出。負ければ2007年シーズンが終わるこの運命の決戦で松坂は5回2失点と先発投手として最低限の役割を果たし、チームの勝利に貢献し、日本人投手としてプレーオフで初勝利を上げ、チームも2004年以来のワールドシリーズに進出しました。

ワールドシリーズでは西武時代の先輩、松井稼頭央が在籍するコロラド・ロッキーズと対戦し、2連勝で迎えた3戦目に先発した松坂は、初回に松井稼頭央に2塁打を打たれましたが無失点で切り抜けると、6回途中2失点のまずますのピッチングでチームの勝利に大きく貢献し、チームは4戦目も快勝、4連勝でワールドチャンピオンとなりました。

チームがワールドチャンピオンになったことであまり触れられませんでしたが、レギュラーシーズン防御率4.40と、決して満足できる成績ではなかった松坂。2年目の2008年は日本での開幕戦も決まり、凱旋登板することとなりましたが、日本時代のような迫力のあるピッチングが戻るのでしょうか・・・・


2年目、東京ドームで行われた日本での開幕戦(vsアスレチックス)こそ白星を挙げることはできませんでしたが、その後は肩の違和感で初のDL要りもあり1ヶ月ローテーションを外れることもありましたが8連勝を飾るなどローテーションの中心として活躍。後半戦も順調に勝ち星を重ね終わってみれば18勝3敗、2.90の好成績を残しチームもワイルドカードでプレーオフ進出。


しかし相変わらず球数が多く、与四球94はアメリカンリーグワースト。それでも被打率はメジャー最高の数字をマークするなど、ランナーは出すものの得点は許さないピッチングを披露。ただ球数が多いためイニング数を投げられないにもかかわらず数字だけ見れば好成績の松坂の成績は“珍事”と報じられるなど、日本で報じられているほどアメリカでの松坂に対する評価は決して高くありませんでした。


プレーオフ、ディビジョンシリーズではシーズン1勝8敗とまったく勝てなかったエンゼルスと対戦。初戦勝利を飾ったレッドソックスは2戦目に松坂を起用。松坂は5回3失点とパッとしないピッチングながらもチームは勝利し、結局3勝1敗でエンゼルスを破り2年連続リーグチャンピオンシップシリーズへ進出。リーグチャンピオンシップシリーズでは同地区のレイズと対戦。初戦に先発した松坂は7回0/3を無失点に抑える好投でレッドソックスが先勝しましたが、5戦目はチームは勝ったものの4回0/3、5失点でノックアウトされ、結局最終戦までもつれ込んだ結果、レイズに3勝4敗で破れ、2年連続ワールドシリーズ制覇はなりませんでした。


2大会連続でWBCの最優秀選手(MVP)を獲得して迎えたメジャー3年目。しかしシーズン序盤からまったく結果を残せず、再調整を兼ねてDL入り(WBCから股関節を痛めていた模様)。そしてDLから復帰しても結果を残せず再度DL入りし長期間離脱。

そして9月にメジャーへ復帰し復帰後は安定したピッチングで復活をアピールし、チームもワイルドカードでプレーオフ進出。しかしプレーオフでは先発の座を確保できず、チームもディビジョンシリーズでエンゼルスに3連敗で敗戦し、松坂自身も登板はなく、悔いが残る3年目となりました。

メジャー4年目はDLからスタート。そして5月からローテーションに入りましたが、相変わらず不安定なピッチングが続き、6月に2度目のDL入り。DLから復帰後も投げてみないと分からない、不安定なピッチングでファンからブーイングを浴びたり、地元マスコミからも放出論が展開されるなど、松坂は厳しい立場に。結局9勝止まりでチームもプレーオフ進出を逃し、不本意なシーズンとなりました。


メジャー5年目の松坂も相変わらず不安定なピッチングが続き、4月29日のシアトル・マリナーズ戦で右肘の張りを訴えて途中降板。そして6月10日にトミー・ジョン手術を受け、シーズンでの復帰は絶望。復帰は早くても2012年シーズンとなりました。またレッドソックスは終盤までヤンキースと優勝争いを演じていましたが9月に大失速し、優勝どころかワイルドカードもレイズにもっていかれ、プレーオフへ進むことはできませんでした。


レッドソックスとの契約最終年、6年目。トミー・ジョン手術からの復活を目指す松坂は順調にマイナーで調整し、6月9日(現地時間)のナショナルズ戦で390日ぶりのメジャー登板。結果は5回80球を投げて被安打5、四死球1、奪三振8、失点4で負け投手となり、結局、復帰後5試合に登板して勝ち星を挙げられず、再びマイナーへ。そして8月後半に再びメジャーに昇格すると、8月27日のロイヤルズ戦で7回を被安打5、四球2、奪三振6、失点1(自責0)で477日ぶりに勝利投手となり、メジャー通算50勝目を挙げました。


しかしその後はまったく結果を残せず、2012年のレギュラーシーズン最終戦、ヤンキース戦でレッドソックスとしての最後の登板も2回1/3を5失点で降板。レッドソックスとの再契約は完全になくなり、レッドソックスもまさかの最下位でシーズンを終えました。


レッドソックスとの6年契約が切れ、シーズン後は中々、新しいチームが決まらず、日本復帰も囁かれましたが、2月にインディアンスとマイナー契約を結びました。スプリングトレーニングでは結果を残せずマイナーで開幕を迎えました。しかしメジャー昇格はならず8月に松坂側から自由契約を申し入れ退団、そして8月22日にニューヨーク・メッツと契約し、翌23日にデトロイト・タイガース戦で2012年10月以来、メジャーでは324日ぶりの登板となりましたが、5回を投げて5失点で敗戦投手となりました。その後も2試合先発のチャンスをもらいましたが、いずれも序盤でノックアウト。お世辞にもメジャーレベルとはほど遠い内容。それでもチャンスをもらうと、今シーズン5度目の登板となった9月14日(現地時間)のマーリンズ戦で7回を投げ、被安打2、四死球3、奪三振3、失点1の内容で、2013年初勝利、2012年8月27日以来となるメジャー51勝目を挙げました。結局2013年は3勝3敗の成績で終えました。そして2014年1月にニューヨーク・メッツとマイナー契約を結び、2014年もメジャー昇格を目指してスタートすることとなりました。


スプリングトレーニングでは大きなアピールが出来ず開幕メジャーはありませんでしたが、4月16日(現地時間)にメジャー昇格。4月19日に2番手で登板し1回1失点。その後7月後半に右肘の張りでDL入りしましたが、主に中継ぎとしてシーズン最後までメジャーでプレーし、際立った数字を残すことなくメジャー8年目を終えました。そして12月にソフトバンクホークスと3年総額12億円+出来高で合意し、9年ぶりに日本球界復帰となりました。










所属チーム 試合 S 奪三振 防御率 タイトル
▼ 日本時代 ▼
西武ライオンズ(1999年) 25 16 5 0 151 2.60 新人王・最多勝・ベストナイン・ゴールドグラブ
西武ライオンズ(2000年) 27 14 7 1 144 3.97 最多勝・ベストナイン・ゴールドグラブ・最多奪三振
西武ライオンズ(2001年) 33 15 15 0 214 3.60 沢村賞・最多勝・ベストナイン・ゴールドグラブ・最多奪三振
西武ライオンズ(2002年) 14 6 2 0 78 3.68
西武ライオンズ(2003年) 29 16 7 0 215 2.83 最優秀防御率・ゴールドグラブ・最多奪三振
西武ライオンズ(2004年) 23 10 6 0 127 2.90 最優秀防御率・ゴールドグラブ
西武ライオンズ(2005年) 28 14 13 0 226 2.30 ゴールドグラブ
西武ライオンズ(2006年) 25 17 5 0 200 2.13 WBC初代MVP・ゴールドグラブ
西武ライオンズ(1999〜2006年) 204 108 60 1 1355 2.95 新人王・沢村賞1回・最多勝3回・最優秀防御率2回・最多奪三振3回
▼ メジャー ▼
ボストン・レッドソックス(2007年) 32 15 12 0 201 4.40 ワールドチャンピオン
ボストン・レッドソックス(2008年) 29 18 3 0 154 2.90
ボストン・レッドソックス(2009年) 12 4 6 0 54 5.76
ボストン・レッドソックス(2010年) 25 9 6 0 133 4.69
ボストン・レッドソックス(2011年) 8 3 3 0 26 5.30
ボストン・レッドソックス(2012年) 11 1 7 0 41 8.28
ニューヨーク・メッツ(2013年) 7 3 3 0 33 4.42
ニューヨーク・メッツ(2014年) 34 3 3 1 78 3.89
メジャー(2007〜2014年)   158  56  43  1 720  4.45   

赤字はタイトル)


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