ダルビッシュ有
1986年8月16日・大阪府生まれのA型
東北高校⇒北海道日本ハムファイターズ⇒テキサス・レンジャーズ⇒ロサンゼルス・ドジャース
2011年オフにポスティングシステムによりメジャーへ!

2011年12月8日、自身のブログからポスティングシステムを使ってメジャーリーグへ挑戦することを宣言。

そして12月15日早朝(日本時間)に入札が締め切られ、日本ハムは12月20日に入札を受諾すると発表。注目の落札チームはトロント・ブルージェイズかテキサス・レンジャーズとの噂が広がっていましたが、松坂の5111万1111ドル11セントを超える“5170万3411ドル”の最高額で入札したのはテキサス・レンジャーズでした!

ちなみに落札額“5170万3411ドル”の下4桁3411ドルは、レンジャーズのノーラン・ライアン球団社長が現役時代につけていた永久欠番である「34」と、ダルビッシュの背番号「11」を合わせたものであることが分かりました。

そして交渉期日である2012年1月18日16時(現地時間)のわずか3分前、15時57分にレンジャースと契約合意!契約内容は松坂を上回る内容で、6年総額6,000万ドル(出来高400万ドル含む)。ただし5年目までにサイ・ヤング賞受賞+その他の年でサイ・ヤング賞投票で3〜4位、サイ・ヤング賞2位なら、その他の年でサイ・ヤング賞投票で3〜4位を2度。この条件を満たせば5年目終了後にFAとなる特別条項なども含まれました。つまりレンジャース側からすれば、5年のうち3度、サイ・ヤング賞投票の上位に入る程の活躍をすれば、高額な落札額を含む大型契約の投資に見合うと判断したようです。

また本人はそれほど拘りはなかったという背番号も、日本ハム時代に付けていた“11”に決まりました。

そして4月9日(現地時間)、ホームのレンジャーズ・ボールパーク・イン・アーリントンでのマリナーズ戦に初先発。しかし初回から制球が定まらず、初回だけで3四球、4安打を許し4失点。2回にも1点を失い序盤から大量失点を許しましたが、3〜5回2死までを無失点に抑えると、その後味方打線が逆転し、結局5回2/3、110球を投げて失点5、被安打8、四死球5、奪三振5、期待されるほどの内容には程遠いピッチングで、課題が残るメジャー初登板でしたが、味方打線の援護もあり、11-5で勝利し、メジャー初登板で初勝利を挙げました。またこのゲームでは3番イチロー、8番川崎がスタメンし、イチローとは、3塁内野安打・ライト2塁打・1塁ゴロ・センター前ヒット。川崎とは、四球(押し出し⇒川崎のメジャー初打点)・センター前ヒット・センターフライという結果でした。


マウンドの固さ、滑りやすい(球場によっても異なる)ボールなど、ダルビッシュは苦しみましたが、それでも前半戦を「10勝5敗/3.59/117奪三振」とまとめ、Final Vote(34人目の男)によってオールスターに1年目から選出されました。


後半に入ると、前半戦に苦しんでいた制球も安定し、日本人としては1年目最多となる16勝を挙げる活躍。チームは前半からアメリカンリーグ西地区で首位を走り続けましたが、後半に入ってアスレチックスの怒涛の追い上げに合い、最終戦で勝ったチームが優勝となるゲームでレンジャーズは敗れ、3年連続地区優勝は逃しました。


しかしワイルドカードでプレーオフへ進み、同じくワイルドカードで進んできたオリオールズとの1戦だけの地区シリーズ進出決定戦(ワイルドカードプレーオフ)でダルビッシュが先発。ダルビッシュは6回2/3を投げて奪三振7、被安打5、四死球1、失点3(自責点2)と試合を作りましたが、打線が援護できず敗戦。ワールドシリーズ制覇を目指してきたレンジャーズでしたが、地区シリーズへ進めず、シーズン終了となりました。


メジャー2年目、1年目に比べメディアの数も減少し、自分のペースで順調にスプリングトレーニングを過ごし、2013年初戦となった4月2日(現地時間)のアストロズ戦で、9回2死までパーフェクトの快投を演じましたが、27人目となる9番ゴンザレスにセンター前ヒットを打たれ、惜しくもメジャー史上24人目となるパーフェクトを逃しました(9回2死からのパーフェクト逃しは11人目)。しかし8回2/3を投げて無四球、被安打1、キャリアハイ(メジャーで)の14奪三振を奪い、最高のスタートを切りました。


2年目、自身の開幕戦で素晴らしいピッチングを披露し、4月5月と勝ち星を積み重ねましたが、6月、7月に失速。なかなか勝ち星も増えませんでしたが、それでもオールスターまでの前半戦で奪三振はメジャー全体でもTOPの数字を残し、2年連続でオールスターに選出(オールスター前に右肩の張りで15日間のDL入りしオールスターでの登板はなし)。


後半戦に入ってもランサポートが少なく(アメリカンリーグでワースト3位?)、ダルビッシュは0-1での敗戦が1シーズンに4度あるなど(メジャーでは1989年のオレル・ハーシュハイザー以来、アメリカンリーグに限ると史上3人目)、勝ち星は増えませんでしたが、奪三振は終わってみればメジャー全体でも断トツの277奪三振(2位に37個差)で初のタイトルを獲得(先発投手の9イニングの奪三振率、被打率もメジャー全体で1位)。防御率も2.83(アメリカンリーグ4位)と1年目より1点以上改善し、21勝3敗、防御率2.90、奪三振240のマックス・シャーザーには及びませんでしたが、サイ・ヤング賞でも2位に選出されました(岩隈がこの年3位で、野茂、松坂が過去に4位に選出)。


一方チームは前半からアメリカンリーグ西地区の首位を走っていましたが、後半に入ると失速し2年連続でアスレチックスの後塵を喫し、最終戦で勝てば1ゲームプレーオフへ進めるという状況で登板したダルビッシュは5回2/3を投げて2失点(勝ち負けつかず)、チームは6-2で勝利し、何とかチームの勝利に貢献しワイルドカード最後のイスを争うレイズとの1ゲームプレーオフへ進みましたが結局レイズに敗れ、プレーオフへ進むことはできませんでした。


メジャー3年目、開幕投手に指名されましたが、開幕直前に首の寝違えでDL入りで開幕を迎え、4月6日(現地時間)のレイズ戦で2014年シーズン初登板。初回に通算500奪三振を記録すると(401回2/3での500奪三振はメジャー最短記録で13年ぶりに記録更新)、7回無失点の内容で勝ち投手となり、最高の滑り出しとなりました。


しかし前半戦は好不調の波が大きく、特に苦手のアスレチックス戦ではなかなか思い通りのピッチングが出来ませんでした。それでも3年連続でオールスターに選出され、過去2年は登板がありませんでしたが、3度目にして初めて登板し、1イニングを3者凡退(1三振)に抑えアメリカンリーグの勝利に貢献しました。


後半戦もエースとして大車輪の活躍が期待されましたが、8月10日のアストロズ戦後に右ひじの炎症でDL入り。当初は15日で戻ってくるはずでしたが、思った以上に重傷だったらしく、さらにチームも故障者が続出でアメリカンリーグ西地区で最下位(アメリカンリーグ最低勝率)に終わり、ダルビッシュもDLから復帰することなくシーズンを終えました。


メジャー4年目、故障明けのシーズン。スプリングトレーニングは順調に進んでいたかのように見えましたが、3月5日のオープン戦初戦で1回を投げ終えたところで右上腕に張りを訴え降板(ブルペンの時から張りがあった模様)。本人は重傷ではない、大事を取っただけとコメントしましたが、翌日MRI検査を受けたところ、“右肘内側側副じん帯の損傷(厳密には部分断裂ではないとの事)”と診断され、3人の医師の診断を受けた結果、トミー・ジョン手術を受けることとなり、2015年シーズンは絶望、2016年シーズン復帰を目指すこととなりました。


トミー・ジョン手術をうけ2015年シーズンはマイナー通じて登板することはありませんでしたが、順調に回復し、2016年5月に2Aのマウンドに上がると、その後もマイナーで計5試合登板し、順調な仕上がりを見せ、そして2016年5月29日のパイレーツ戦で1年9ヵ月ぶり、670日ぶりにメジャーのマウンドに上がり、5回81球を投げて被安打3、四死球1、奪三振7、失点1(自責1)、MAX158kmを計時するなどトミー・ジョン手術を受ける前と変わらぬ、いやそれ以上のパフォーマンスを披露し、復帰戦を見事勝ち投手で飾りました。


その後は快投したと思えば炎上したりと不安定なピッチングでしたが、チームが2年連続アメリカンリーグ西地区を制してプレーオフに進出すると、2戦目に先発を任されましたが、ブルージェイズ打線に対して1イニング3本塁打を浴びるなど、5回を投げて5失点(被本塁打4)と、期待に応えることができず、結局チームもブルージェイズに3連敗でディビジョンシリーズで敗退しました。


メジャー6シーズン目、レンジャースとの契約最終年。シーズン前からレンジャースと契約延長するのか?注目を浴びる中、ダルビッシュは前半戦、大活躍とは言えませんでしたが、それでも4度目のオールスターに選出されました(オールスターでの登板はなし)。しかしチームはプレーオフ進出が難しい状況となり、ダルビッシュの周辺も慌ただしくなり、トレード期限となる7月31日の午後4時の直前に、プレーオフ進出がほぼ確定している、この時点でメジャー最高勝率のロサンゼルス・ドジャースへの移籍が決まりました。


ドジャース移籍後初登板となった8月4日のメッツ戦で7回を投げて無失点、10奪三振を奪う好投でドジャースデビューを見事白星で飾りました。その後は好不調の波が激しく安定したピッチングはできませんでしたが2014年以来の二桁勝利を挙げ、ドジャースもメジャー最高勝率でプレーオフへ進出。










所属チーム 試合 S 奪三振 防御率 タイトル
▼ 日本時代 ▼
日本ハム(2005年) 14 5 5 0 52 3.53
日本ハム(2006年) 25 12 5 0 115 2.89
日本ハム(2007年) 26 15 5 0 210 1.82 MVP/沢村賞/最多奪三振
日本ハム(2008年) 25 16 4 0 208 1.88
日本ハム(2009年) 23 15 5 0 167 1.73 MVP/最優秀防御率
日本ハム(2010年) 26 12 8 0 222 1.78 最優秀防御率/最多奪三振
日本ハム(2011年) 28 18 6 0 276 1.44 最多奪三振
日本ハム(2005〜2011年) 167 93 38 0 1259 1.99 MVP2回/沢村賞1回/最優秀防御率2回/最多奪三振3回
▼ メジャー ▼
テキサス・レンジャーズ(2012年) 29 16 9 0 221 3.90 オールスター選出
テキサス・レンジャーズ(2013年) 31 13 9 0 277 2.83 最多奪三振・オールスター選出
テキサス・レンジャーズ(2014年) 22 10 7 0 182 3.06 オールスター選出
テキサス・レンジャーズ(2015年) 登板なし
テキサス・レンジャーズ(2016年) 17 7 5 0 132 3.41
レンジャーズ/ドジャース(2017年) 31 10 12 0 209 3.86 オールスター選出

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